その時のある限り

 

人の出会いと別れ、多くの行き来があって、今の状態がずっと続くわけではない。

時間が少しずつ過ぎて、季節もまた巡るようにあっては、それは当然のことなのかもしれません。

会社でも何かのチームでもそうですが、今のメンバーで取り組んでいるのは、まさに"今"でしかありえないわけです。

自分だってどこに行くかわからないし、他の誰にしてもいつどうなるかなんてことはわかるものでもなく、またコントロールできるようなことでもありません。

「人は城〜」と言ったのは武田信玄でしたが、何人もの人が集まって組織となるにも、人が集まらないことには成り立つものではありません。

今の、そのある状態をありがたく思う、その気持ちは決して忘れてはいけないし、おろそかにしてもいけません。

最近見聞きして思うことのひとつで、組織やシムテムのようなところでは、一旦仕組みとしてできてしまうと、ある意味そこで固定してしまうものだなということです。

当初は、誰がどの役職やポジションに合うかを考えていたのが、いつの間にかその役職やポジションには誰が合うのかを考えるようになるものです。

組織やシステムを維持したいがために人を配置する、そうであっては本末転倒になってしまうものです。

それ自体、人がいないことには成り立たないものであることが、すっかり抜け落ちてしまうと言っても良いかもしれません。

特に会社ではそうなのかもしれませんが、立ち上げ・黎明期のメンバーと、それを過ぎて関わってくる人たちの特徴・キャラクターが異なることがあります。

これは別に問題でもなくて、立ち上げる人がいれば、それを拡大するような人も必要で、時期に応じての役割やお役目があるということになります。

ただ、勢いのようなところでは、車の走り出しにエネルギーを多く費すものですから、走り出している車に必要なエネルギーはどうしたって目減りしてしまうものです。

その点では物足りないだなんて思うこともあるかもしれません。

そういう組織のことやリーダーとしてどうなのか、普段の取り組みを通じて見えることも多いので、たとえば他の場合と比較しながら考察を進めるのが良いと言えるでしょう。

また、こういう堅苦しい方面でもなくて、恋愛の場合でも同じで、相思相愛に思える相手と巡り合うことのありがたさを思えば、身近な人がより一層愛おしくなるはずです。

そういう視点の切り取り方ができるのが良いですね☆