どこに属しているか

 

今の状況がそうだというのもあるでしょうが、時々、自分が一体どこの所属なのだろうという気持ちになることがあります。

学校でも会社でも、何かの集まりでも良いわけですが、何かしらその人にとってメインとなるような場所や機会というものがあると思います。

幸いなことにどこもつまはじきになっていないのだけれど、いくつか関わりを持ちながらも、それでもずっといるのかどうか問われればどうにも不如意な気持ちになってしまうものです。

この感覚としては、学校の類がわりとそういうことになっているかと思いますが、学ぶ側・教えを乞う側としてはもちろん熱心に通うけれど、それでも数年という期間になるでしょう。

学ぶのが好きだ、ずっと学んでいたいということで長く居続けるというのは、研究員になるとか先生・教授にならない限り、結構難しいような気がします。

プロのスポーツで考えてもそうですが、好きであるということとは別に、良いパフォーマンス、良い成績を収めないと次のシーズンの契約につながらないということがあります。

このあたりは突き詰めると、所属することが、何らかの成果と引き換えに報酬が発生するみたいなことになりそうですが、さらり触れておくに留めておこうと思います。

とかく、自分の席や籍があるとしても、時間が経てばどうなるかわからないものですし、その所属しているところがいつまでもあるというわけでもないものです。

最終的には自分自身がどうしていたいか、どこにいたいかということでもあるでしょうし、自分ひとりに立ち戻ってみれば、所属どうのこうのと考えなくて済むことなのかもしれません。

移ろいながらも、自分の歩む道は自分で伸ばしていくもの、足元を踏み固めるようにして、自分自身への「肯定」も確たるものにしていきたいものです。

あるいは、他所に所属先を求めるのではなく、自分から名乗りを上げるようにして、所属先を立ち上げることでも良いのかもしれません。

自分ひとりそこにいるだけでも良いし、趣旨に賛同してくれる人がひとりふたりいるとか、限られた一定の期間だけいるとか、かしこまらないでやるくらいが適当のようにも思います。

人付き合いにしても、近づいたり遠のいたり、増えたり減ったりしながら、それでもどうにかなるものなので、それに似ているとも言えるでしょう☆