世の中には、自分の思っている以上のことがある。
このように考えることができるのか、自分の知っていることや想像の及ぶ範囲というのは増やしたり拡げ続けたりすることもできるけれど、その埒外もあるということを当然のように自覚しておくべきだなと思います。
また、地続きで物事を知っていくことが大半だとしても、ある地点においては大きく跳躍・飛躍しないとたどり着かないこともあるような気がします。
自分の持っている価値観や判断基準など「モノの見方」があるでしょうが、たとえばそれは日本という場所においてであるとか、今という時間や時代において成り立つものかもしれません。
江戸時代の人に、今のケータイ電話(スマホ)を見せたところで奇っ怪な面妖な箱であるしか思えないでしょうし、逆に、こちらにとっては着物やちょんまげ姿で生活するというのは、どうにも実感がわかないようなものです。
これが海外になると、生活様式や習慣のようなところで、こちらの常識とか当たり前のように思っていることが、向こうにとっては異なることことは多々あることでしょう。
そういうことで思うのは勝海舟や坂本龍馬、吉田松陰らの「モノの見方」で、当時は自分たちの藩や地域がどうだとやっているところで、日本という国であったり、世界から見ての立ち位置であったり、もっと大きな視点で見ていたということが挙げられます。
極端かもしれませんが、今で言うと宇宙でどうこうするような発想なのかもしれません。
ビジネスにおいて、こういう広い視野であるとか先取りをするような姿勢が大切になってくるわけですが、最初はどうにも受け入れられるものではありません。
ただ、このように物事を見ることができるとか、見ることのできる人たちが多くいるから、また新しい展開がはじまっていくわけです。
自分自身においても、今のところ知っていることは大切にしながらも、まだ知らないことは数多あるということにそれぞれ敬意を表しながら、目の前のことに取り組んでいきたいものです。
おそらく個人においてもそういう心がけはできることですし、そう思っているからより良くなっていくものだと思います。
今のところはそれで十分と思いながら、思っている以上に良くなるはずだとか、もっと良くなる、そういうことをいつも思っていたいものです☆