何をか思わんや

 

たとえば、頭の中で思い浮かべるものが何であっても構わないのでしょうが、口にして話題にする取り上げ方には一定の傾向があるように思います。

偏らないようにしていくのがバランスも良いでしょうが、しかし、普段の生活においては身近で&具体的な話題の方がわかりやすいし、差し障りのないこともきっと多いでしょうから、どうしても比重として多くなるような気がします。

それでも、身近な話題と考え込む話題、具体的な事柄や抽象的な事柄、相反するようなことのどちらも同じように大切なのだと思ってみることが良いでしょう。

とことん考え込むことで見える境地もありますし、そうしないと見えない境地もあるので、それは自分自身の好みとして静かに推し進めていくと良いのかもしれません。

そして、考えを深める、話せることを増やすというのは、容器を満たすようにする一方で、その容器自体をもさらに大きくするような試みであるように思います。

引き出しの数を多くするのと同時に、引き出し自体の大きさや深みを増すようなものでもあります。

何事においてもそうですが、何かを完成させるように、まっしぐらに到達したいと思うものの、寄り道や遠回りばかりして断片ばかりが集まるようになることの方が多くて、それもまた人生かと思ってしまうものです。

その時点ごとで、何かを達成したり、仕上げたりすることもあるでしょうが、全体的には長く続けていくことでおよそどうなるのかということであるように思います。

ひとつひとつの出来事は日々起こってくる、そして、それが自分にとってどういう意味を持つのかも随時考えて、今後の教訓としていきたいものです。

それでも、よくわからない場合には、"保留ボックス"や"合切袋"に放り込んでおくようなことで良いし、そして、そればかりが溜まってしまうようなことで良いのかもしれません。

それでも今は、本質的なことや世の中の真理のようなものにアクセスする手がかりをいくつか持ち得ているので、それを実際に使いこなしていけたら、総じて良い結果をもたらすことになっていくはずです。

こればかりは実践するしかないし、しかるべき結果をもたらすことばかり考えないで、どのような結果に落ち着いたら嬉しいのか、そこから鑑みて今のすることに集中していけたら良いですね☆