私自身、"人として"という意識が結構強いのか、
まずはその人ありきというのを大切にしたいと考えています。
それはつまり、男だから、女だからみたいな、
そういう分け方を、あまり好まないということです。
生物学的には先天的、社会的には後天的で性差は必ずあるものだし、
それに基づく、思考の仕方、感情の持ち方には差異はありますが、
どちらかというと、そういうのを全部ひっくるめて、
個人としてどうなのかに、焦点を当てているというのはあるでしょう。
それに、男か女かみたいなところで線引きすると、
相対する二元論での議論になってしまうようで、
それよりも、地球上の約70億人の個性と捉えた方が、
ものすごくロマンが溢れるような気がします。
それに、自分自身のことすら、よくわからないものだし、
それを成長の余地と呼ぶのか、単に未知の部分が多いのか、
きっと、まだ知らぬ可能性もあることだろうし、
決めつけるというのも、視野を狭めるだけでしょう。
生きているうちで、食べたり飲んだり、
いろいろ営んでいくことが、大半ではありますが、
自分も人、多くの人がひしめく世の中にあって、
つまるところは、「人間理解」ができるかどうかが、
究極の目的となるような気がします。
それができれば、自分のことも十分に知り得るし、
関わる人たちのことも深く理解できるでしょうから、
人間関係において、"悩む"ということはなくなるでしょう。
ここでまた、最初の議論に戻りますが、
平たく言えば、誰もが母=女性から産まれてくるのであって、
たとえ、骨格や筋力で、男性が女性より秀でているのだとしても、
根源的には、女性にはかなわないという思いはあります。
そのあたりは、また明日にでも☆