制約のあるくらい

 

年末年始、時間があるからまとめて何かをしようと思うものの、かえって暇を持て余すようなことがあるものです。

本の一冊とか映画の一本でも見れそうですが、ケータイ電話(スマホ)を何となくいじっているうちに時間が過ぎてしまうこともあるわけです。

何もしない、そういう無為の時間も、心身ともにリラックスしているからできる側面もあるわけですが、果たして時間の上手な使い方ができているかというと心もとない気持ちになってしまいます。

"締め切りがあるから頑張れる"みたいに、このタイミングであれをしよう、ここでしかできないコトがあると思うのが良いのかもしれません。

こういうことは往々にしてあって、ルールがあるから遵守しながらやるとか、予算やスケジュールに限度があるから工夫するということになるでしょう。

人と人との関わりにおいても、誰とも関わらないでいては新たな刺激や出会いも生まれないわけで、多少「ちょっと、それどうなのよ」と思うこともありながら、適度にしがらみがあるというくらいが、ちょうど良いのかもしれません。

それまはた、過度になり過ぎてはいけないものの、何でも自由にして良いよとなれば、これはまたその果てしなさに手を煩わせてしまうとか、途方に暮れることがあるかもしれません。

とらえ方次第ということもあるのでしょう、何も不自由ばかりが良くないわけで、そういうものだと受け入れるのが良いように思います。

たとえば、背の高さにしても、2mくらいあると高いところにも易々と手を伸ばして、何かを手に取ることができるでしょう。

しかし、それほど背が高くない、むしろ小柄で不利かもしれないとなって、そこで不安になってしまうかもしれませんが、異なる発想で挑むのが良いように思います。

必ずしも背が高くない、ならばジャンプ力を養って届くようになれば良い、そうなれば背が高くないというひとつの制約が、別のところでの力や技術につながっていくのかもしれません。

結構大変な状況だから踏ん張れるとか、今が耐え時と思うから、強い気持ちを持つことができたり、それを乗り越える知恵が浮かんだりすることでしょう。

そういうことがあって、また次なる展開に飛び込んでいけるものですから、思いのままにならないこともそれなりに楽しめると良いように思います☆