制約を課す

 

自分の思っていることや考えていることを、余すところなく出し切りたい、また、それが誰かの喜びであるようにしていきたいと思うとします。

それに従えば、きっと時間はかかるかもしれないし、お金や手間も多くかかってしまうかもしれません。

それだけに良いものができるとしても、受け取る側とすればどこまで待てば良いものか、頭のどこかに浮かんでしまう気もします。

完全無欠の最高傑作を楽しみにしながらも、その手前でも良いから早く見たいとか、量として多く見てみたいという気持ちがふくらんでくるものです。

これを絵画や彫刻、音楽などで考えてみると良いと思うのですが、その最高傑作ができるのを待つように、その時々の作品も十分に享受していきたいのがファン心理の動きではないでしょうか。

これを作り手の考えとすれば、確かに何らかの作品を発表しながら、応援や支援を多くいただけるようにすれば、次の作品にとりかかるやる気につながるように思います。

ただ、そういうものを世に問うのは緊張をともなうものですし、その手前には、自分の技術や知識の未熟さを知っているのがあるかもしれません。

それに加えて、時間や期限が限られている、予算を捻出することができないなど、できないことを挙げればキリがないでしょう。

それを逆手に取ると言いましょうか、そういう条件のいくつかを含めた上で、それでできることを考えるのが賢明なわけです。

制約があることをむしろ喜んでみる、そこで出てくるアイディアが他との差別化であったり、有利に働くところだったりするかもしれません。

締め切りがあるから必死に考えるし、手を動かすことにもなるわけですし、お金がなければ少しずつ発表して資金を得るということができれば、活動が続けられることになります。

今の自分において、足りていることとそうでないこと、そういうことを見極めながら、不足を弱点と思うのではなくて、どう打破できるのかに考えを持っていくのが良いでしょう。

技術や知識が十分にあれば良いなと思いますが、もっと大切なのは勢いとか迫力のようなものかもしれず、それは日頃自分がどう思っているかが関係してくるように思います。

何もなければあらゆる発想を張り巡らす、そのようなアイディアの豊富さみたいなのが、数ある制約を味方につけられると思い、自分自身もそれで取り組んでいこうと思います☆