幻の最終回を思うように

 

思うがままに、言いたいことを言いたいようにして、

アイディアは出る、それに連なる言葉も出るとあって、

日々の更新を続けること自体の負担みたいなものは、

それほどまでに大きいものでもありませんが、

そのうち、急に終わるかもしれませんし、

更新の頻度なのか、一回あたりの分量なのか、

力の入れ具合を格段に落とすかもしれません。

 

何回も回を重ねつつ、半年とか一年とかすれば、

周辺の何らかの状況も変わるでしょうから、

どうなるかの実際はわからないものです。

 

これはまた、後ろ向きなことでもなくて、

決して言い訳を述べたいわけでもなくて、

そういうこともあらかじめ含んで考えておくことが、

土壇場になって慌てふためかないということになって、

ある意味では、それ以上のリスクを回避することにもなるので、

前もってできることがあるのならやっておくに越したことはない、

単に、そこに終始するだけのことのように思います。

 

「期間限定」みたいな文言に弱いのは世の常ですが、

これもまた、いつまで続くわけでもないことを、

一方では貴重に思い、もう一方でははかなく思う、

その深刻さに程度は、人それぞれにあっても、

似たような反応が、静かに起こっているような気がします。

 

大きく言えば、人の命もいつかは終わりが訪れるものですから、

書き記したものが留まるということはあっても、

いつまでも新しいものが出てくるというものではないのです。

 

近年は、その人の生きる、その生き方のことを、

「生き様」ということが増えてきていますが、

武士の世界では「武士道とは死ぬることと見つけたり」と、

死ぬことをしっかり考えてこそ、今の生きることが定まるということで、

「死に様」が見事であるかどうかという価値判断があります。

 

あるいは、死ぬる人の棺桶の蓋が閉まって、

その人の人生がどういうものであったのか、

評価されることで完結するようなこともあって、

その意味では、生きているうちの言動や功績が、

どれほどまで積み重ねられたかが問われているわけですね。

 

はじまりがあれば終わりはあるものですが、

最初から終わりばかりを思うのもナンセンスなので、

いろいろな力の限り、まずは続けていくことを選びます。

 

さて、今後はどうなっていくものか、皆目予測不能

その成り行きをそれなりに見てもらえたら良いなと思います☆