影響を及ぼさない

 

自分自身が影響を受けていることについて、わかりやすく表そうと思えばそれなりにできるものですが、それ自体あまり意味はないのかなと思うことがあります。

いくら○○が好きだと、ひいきの歌手や作家の名前を、または作品の名前を連呼したところで、それはあまり相手には響かないといった具合です。

直接言及することなく、自分がどのように解釈したり、どれくらい把握できたりしているのか、それを優先に取り組んでいくのが良いように思います。

別の言葉で言えば、多くの人や物事から影響は(多大に)受けるけれども、それをそのまま他へ及ぼさないとも言うことができそうです。

自分なりの、あるいは自然の成り行きでそうなるということで、先人と同じように再現はできないものですし、時代の移り変わりやその時の状況にも左右されることでしょう。

そうやって有象無象のものを自ら吸収し、確かな血肉としながら、そこでどうやったら自分なりの表し方ができるものか、そういうことを考える方が建設的であるかもしれません。

わかりやすいところでは、自分が歌を上手になってオリジナルを発表すると同時に、影響を受けたものをさりげなくカバーするとか、文章の書き方をマスターして、思っていることをわかりやすく、かつ、巧みに伝えるような工夫です。

あとは、いかに多くの人に届けることができるのか、いくら良いものを持っていても知られてこそその良さが光ったり、真価を発揮したりするでしょうから、少し視点を変えてみるのも良いかもしれません。

それでも、人それぞれの背景や信条があるでしょうから、自分と同じようには好きになることはない気もします。

いくらか思ってくれれば良いでしょうし、あなたが影響を受けたのはそれなのねと知ってもらうくらいでちょうど良いのでしょう。

そうやって、自分の思いを声高に届けるとしても、それは知ってもらうくらいに留まるだけで、それをもって影響を及ぼそうなんでことは思わない方が賢明というものでしょう。

もう少し広いところで、なるほど音楽を聴くのが好きなのね、本を読むのが好きなのねというようなところで会話が弾むと良いなと思います。

こういうのも、少しずつ会話が進むとか、お互いに理解するようなところで詳しい話も出ようというものなので、あくまで穏やかに、あくまで気長に考えるのが良いように思います☆