歳月の過ぎるを思う

 

年齢を、ただの数える数字ととらえるのか、

老いに向かって、止まれないものととらえるのか、

そのとらえ方による差は大きいものです。

 

時間にしても、その戻らなさ=不可逆性において、

何ごとも急がないよりかは急いだ方が良いし、

成果が出るのであれば、早い方が良いのかもしれません。

 

肉体的には、やがては不調をきたしたり、

朽ちていったりするものではありますが、

80歳とか90歳とかの、よほどの高い年齢に達しない限りは、

それなりに耐久性のあるもののような気がします。

 

あるいは、日頃の食や運動の習慣で改善・向上もできるので、

個々人の心がけによるところが大きいのかなとも思います。

 

それにしても、年齢を積み重ねることは、

取り戻しのつかないことかもしれないけれど、

だからといって、卑屈になるのは少し筋違いかもしれません。

 

他の人と比べてどうこうでなく、自分なりにも多くの経験を積み、

何らかの見識は広まってもくるでしょうから、

生きる上での知恵としても、多くを得ているのではないでしょうか。

 

人としての厚みや深さという、魅力の面においても、

その姿勢や心がけ次第で増していけるわけですから、

年齢の高さを言い訳にするというのは少し違和感を感じます。

 

そのように、どこに目を向けるかで、見え方も変わってくるので、

視点をどこに据えるかというのも大切なところです。

 

気持ちの面では、いつまでも若々しいというより瑞々しくあるべきで、

その意味では、今日の今からはじめられることは多いわけです。

 

また、これまでの長い時間を過ごす中では、

考え方や感じ方で凝り固まっているところもあるでしょうから、

ぜひとも柔軟に対応できることが好ましくも思うわけですね。

 

いろいろ工夫を積み重ね、日々意識していくことで、

年齢を重ねることで、魅力も増していけると思っているので、

それは多くの人がそうであってほしいと思いますし、

少なからず、自分も実践していきたいと思います。

 

老境に達して、欲望や世俗にまみれることもなくて、

達観するのもまた良い境地だとは思いますが、

そこに至るまでは、もう少し艱難を越えていく必要はありそうです。

 

それにしても、時間は過ぎたら戻ることはありませんので、

このそれぞれの過ごす時間を大切にしていきたいものです☆